――あたし、絶対に氏神になります。そうしたらトキ様、 ――あたしをお嫁さんにしてくれますか。 ――ええ。勿論ですよ。 俺屍さんに51ノ御題No.38『誓い』二つ目は、俺屍十周年祭『親馬鹿全員集合!』に投稿させて頂 いた12代目当主となる文曲(もんこく/女子30番/土髪風目風肌/薙刀士)と日光天トキでお送りし ました。『誓い』はどちらも小さな女の子の初恋の話になったという(笑)。 下界に降りて後文曲と呼ばれるようになったその女の子は、天界にいた頃乳母役の天人たちに育て られていました。神々の中には、北辰家とのつながりの中で我が子への強い愛情を示すようになった ものも少なからずいましたが、北辰家での太照天夕子は天界でももっとも古き神ゆえに、恐ろしく聡 明ですが人の感情を理屈で理解しているような神様でした。彼女の中には人の振る舞いのあらゆるパ ターンと、それらは各々どういう感情に基づくものかについての膨大な知識がありましたが、自身で はそれを感じることをしませんでした。 生まれた自分の娘・文曲のことも、とても愛らしく利発であることを『客観的な事実』として理解 していましたが、それは人の母親がわが子を愛情いっぱいに抱きしめてあげるような類のものではあ りませんでした。けして一族のことを蔑んでいたからではなく、気の遠くなるような永い時を生きて きた彼女にとっては、そうすることがごく当たり前だったからでした。 女の子は芯が強く溌剌とした気性でしたが、世話役の天人たちは天界第二位の女神の御子というこ とで、丁重ながらも自然よそよそしい接し方になり、肝心の母もそんな調子で愛情表現を理屈で理解 しているような神でした。なので、女の子自身もそういうものなのだろうと思いつつ、どことなく満 たされないような思いで赤ん坊から幼児のころまでを過ごしてきました。 女の子は、そのうち夕子の宮をしばしば抜け出して外に出て行くようになり、彼女がいないことに 気がついて天人達が大わらわ、というようなことが起こるようになりました。夕子はといえば、「子 供は好奇心が強いもの、天界のものを色々と目にしておくのも後々のためにはよろしいでしょう」と 気にとめることをしなかったので、自分の娘が何故外に行きたがるのかを認識していませんでした。 そんな風に外に出るようになった女の子は、夕子の宮の近くにある宮に紛れこみました。そうして、 几帳面に片付けられたその宮の主とばったり出会ったのです。額に真紅の鳥の刺青を施したその神は、 闖入者に驚く様子もなく、優しく微笑みました。 ――これは小さなお客人、何か御用ですか。 女の子もさすがに母以外の神の宮に入り込んだのはまずかったかな、と焦ったのですが、その神が 微笑んでくれたので、おずおずと近寄りました。 ――あなたは誰? ――私は日光天トキ。この宮の主です。あなたは太照天夕子殿の御子ですね、何故ここへ? ――お外に出たら、ここへ入っちゃったの。お宮にいても、つまんないから。母様はあたしに優しい けど、一緒に遊んでくれないもの。 女の子の言葉に、日光天トキは事情を察して顔を曇らせました。最も古い神である太照天夕子は恐ろ しく聡明ですが、感情ではなく理屈のみで動くことを彼はよく知っていたからでした。夕子自身も、そ れを知っていたから人の血を引く昼子を自分の後継として身を引きましたが、他の神々のように子供を 通じて彼女の中にそういった感情が芽生えることは結局なかったのか、と彼は察しました。 ――あなたの母上はお忙しい方だ、だからあなたのことを十分に構って差し上げられない。けして、 あなたのことがお嫌いというわけではないのです。 日光天トキの言葉に、女の子は納得がいかないのか、眉間に皺を寄せて黙り込んでしまいました。 ――暫くここにいるとよい、後で母上のお宮まで送りましょう。 日光天トキは女の子の手を取ると、自分の宮へ招き入れました。トキは昼子・夕子の補佐の神で、そ ういう彼自身もけして暇というわけではありませんでしたが、幼い彼女を天人任せにはせず、自らが相 手をしてやりました。 もしこの子が外に出るようなことが何度となく続くようなら、北辰の氏神の誰かに預けた方がよいの では、と夕子に進言するべきかもしれない――そう思いながら、日光天トキは女の子を夕子の宮まで送 り届けました。 ところが、女の子は次の日もまた次の日も、トキが住まう宮にやってきました。彼が所用のため不在 の時は入口で待っているうち眠ってしまった、という感じで、トキはさてどうしたものだろう、と困惑 しました。 ――あなたは何故、私の宮にいらっしゃるのですか。 ――駄目ですか? 女の子は眉根を寄せて、心細そうにトキを見つめ返しました。そして、ぽつりとつぶやいたのでした。 ――トキ様はあたしに優しくしてくれたから。 天に生まれた女の子にとっては、トキが初めて親身に接してくれた相手でした。これはどうにかした方 がよいと判断したトキは、夕子に女の子が自分の宮に来ていることを伝えましたが、夕子の反応はといえ ば、 ――他の神の宮に足を運ぶのもよいことではありませんか。あの子がそれを望んでいるのなら、相手を してやって下さい。 そんな調子でした。北辰の氏神に頼むことも考えましたが、たまたま女の子がやって来ない時があると、 おやどうしたのだろう、と知らず知らずのうちに気にかけるようになりました。そんなわけで、トキもな んとなしに女の子がやって来るとその相手をしてやるようになっていました。 女の子が下界へ降りることになった日、彼女はトキの宮を訪れ、行きたくないと言いました。 ――天へはいつ帰ってこれますか。 ――もう戻れないのですよ。もしあなたが天に来る日があるとするなら、それはあなたの命が終わった 時…あなたに氏神の資格があるようなら、氏神として天へ迎えられることもあるでしょう。 ――じゃああたし絶対に氏神になります。氏神になって天に帰ってきます。そうしたらトキ様、 女の子はそう言って泣き出しそうな顔をしました。 ――あたしをおよめさんにしてくれますか。 どこでそんな言葉を覚えたのか。トキもさすがに予想外の言葉に驚きましたが、 ――ええ。勿論ですよ。 トキは優しく微笑んで頷くと、女の子の髪を撫でてやりました。 下界にはこの子の血を分けた父親がいる。戦で辛い事もたくさんあるだろうけれど、父親から温かい 思いをたくさん分けてもらえるだろう。だから天でのこんなやり取りなど、すぐに忘れてしまうだろう な――と思いながら。 しかしその言葉どおり、女の子は八ヶ月後、『トキのお嫁さん』になるために交神の館にやってきた のでした。 トキはこういう展開を全く予想していませんでした。天にいた時は名前がなかったその娘は美しく成 長しており、『文曲』という名を持っていました。 ――あなたが、私に交神を望むとは思っていませんでした。 ――駄目でしたか? 心細げにそういう文曲の姿には、かつて彼の宮を訪れた時の面影がありました。 ――下界に降りてから知りました。交神にあなたをお呼びすれば、あなたのお嫁さんになれる、って… 嬉しかった。もしあなたが、私をただ可哀想だと思って優しくして下さっていたのだとしても。下界に降 りてからずっと、あなたのお嫁さんになりたくて今日まで過ごしてきたんです。大きくなった私は…トキ 様のお目に叶いませんでしたか? 感情が高ぶってしまって、文曲の目から涙がこぼれ落ちました。トキは優しく微笑むと、別れた日の ようにその髪にそっと触れました。 ――いいえ。私との約束を覚えていて下さって有難う。とても嬉しいです。 その言葉に、文曲の心底嬉しそうな微笑みからまた涙がこぼれました。 ――私の方こそ、あなたはもう私の前に現れては下さらないと思っていた。あなたのお父上のことは知 っています。あなたが朱点童子や鬼達から色々なことを聞いていることも知っている。だから――我々神 々のことを恨んでおいでかと。そう思っていました。 父・貪狼はこの時既に精神の均衡を崩していました。トキは文曲と別れてからずっと、彼女のことを案 じ天から見守っていたので、そのことも勿論知っていたのです。 貪狼は、文曲を連れて地獄以外のところでも一族に関する手がかりを探そうとしていましたが、彼の心 に一番大きな揺らぎを与えたのが忘我流水道での出来事でした。 ――さすが朱点のための切り札ね。それが人間の血ってやつかしら、昼子ちゃんもあなたたちに似てい るんでしょうね? ――お前達のその呪い、朱点童子によるもののようじゃな。あやつがそこまで念を入れるとは、まさか お前達も同じなのか。昼子は怖い女よな、つくづく不憫な姉弟よな…。 貪狼の母・夏日が最後まで疑問に抱いていた部分。自分達がどういう存在であるのか、昼子の意図はな んなのか。これを期に、貪狼の精神の均衡が大きく崩れ始めたのでした。 しかし、トキの言葉に文曲は首を振りました。 ――いいえ。私が至らないばかりに父様はあのように。父様は激しい戦いの中でずっと私の前に立ち続 けてくださった、私がもっと強ければ…私が父様の後ろではなく横に立っていられたのなら、父様の心も 軽くして差し上げられたはずだ、と…。お辛かったのではないか、と…。 文曲の目からは、今度は別な涙が落ちました。 ――私達はこうして戦うことが当たり前に生きてきたんです。今更それを止めることなんてできません。 前に進むことしかできないんです。 ――氷ノ皇子様はもとは天の方であったと伺いました…あの方は悪い方ではないように思えました。私 達のことを敵として蔑んでいるのではなく、何か別の意図があって私達の前に立ちはだかっておられるの だと。そして私達にこう仰ったんです。もっと強くなれ、と。 ――私達の今が作られた状況であったとしても、それは悪意によるものではないのではないか、と思い ました。父様のためにも、私はもっともっと強くならなければと思いました。 ―― 日光天トキ様、私に前に進むための力を下さい。恨んでなんかいません、先にも申し上げました… 私は、あなたのお嫁さんになることをずっと願ってきたんです。それは朱点童子の言葉や他の方々の言葉 を聞いた後でもけして変わりません。 ――分かりました。 目から涙をこぼした文曲を、日光天トキはそう言って優しく抱き寄せました。 ――私は今あなたに、望みどおりの答えを差し上げることはできません…ですがあなたとこれから生ま れるあなたとの子のことを、必ず愛し守ることを誓いましょう。あなたを私の妻に。…希望を捨てず歩み なさい。 ――はい。 笑顔になった文曲の瞳から、もう一度涙が落ちました。 月が満ち、文曲のもとに日光天トキとの子がもたらされました。 生まれたのはなんとモヒでした、全く予想外でした…オチがついてしまった(笑)。 この絵を投稿した時期は強化期間お題【カップル】、しかも毎月18日の神様デーということで、当日は 神様-一族カップルが多数お目見えしていらっしゃいましたが、ラブラブというよりは微笑ましさで印象 深かったこの二人を投稿させて頂いた次第でした。 日光天トキは管理人的に毎度非常にいい素質を授けてくれ、頭髪はありませんが(笑)隠れイケメン 認定されている神様です…しかし、服装が謎すぎることに加えて頭髪がないために非常に描きづらい御 方でもあります…頭のラインに全く妥協ができないため物凄く気を遣うんです、特に横顔は難しかった。 …ところでこの方の眉毛や睫毛は、黒でいいんですよね?(笑) 色鉛筆で主線、コピック+色鉛筆+シグノの白+絹物語+エアブラシで着彩。 |