それから数ヶ月の月日が流れ、山々が錦から純白へと衣替えをする頃。寒い中、家の中をせわしなく駆け回る少女
がいる。
「姉様、姉様!これで大丈夫かしら?おかしくない?」
少女は甲高い声を弾ませながら、まだ様になっていない甲冑姿を当主に見せる。少女がくるりと一回転すると、母
親ゆずりのしなやかな長い髪が、さあっと大輪の花を咲かせた。
「緋魅迦。どこもおかしくないから、少し落ち着きなさい。出立前からくたびれちゃうじゃない」
はぁい、とあどけなく返事するその顔立ちは、苦笑してたしなめる十一代目当主と何処となく似ている。どちらも、
焔のような色の髪と、深淵の色の瞳をしていた。
「母様に見せて差し上げたいの。きっと楽しみにしていらっしゃるから」
緋魅迦と呼ばれた少女は、そう言って戦装束に身を包んだ自身に視線を落とす。当主はそうね、と微笑み、緋魅迦
の肩を軽く叩いてやった。その手には、当主の証である指輪がはまっている。先代当主――環から受け継いだものだ。
「きっと――緋魅迦の晴れ姿を喜んでいらっしゃるんじゃないかな」
「そうかな。そうだといいな。あ、そうだ刀!イツ花、私の刀どこ?」
騒々しく甲冑を鳴らしながら駆けてゆく緋魅迦を、当主は優しげに見送った。その背後から声をかける者がいる。
「えらい張り切りようだな、緋魅迦のやつ。昔のお前とそっくりだ」
「あら、兄様。私はもうちょっと落ち着いてたと思うけど?」
当主が、からかうように笑いかける兄を振り返ると、両耳の上から編みこまれた長い髪が赤い縄のように肩から滑
り落ちた。
「いや。むしろ初陣にかかった手間は緋魅迦の方が少なかったかな」
「もう、それは言いっこなし。私だって、今思い返すと恥ずかしいんだからね」
そう言って頬を膨らます当主もまだ元服前、くりくりした目元に少女のあどけなさが多分に残っている。樹は妹の
抗議をさらりと受け流すと、不意に真面目な顔になった。
「緋魅迦、結構立ち直るの早かったな。環姉さんも、緋魅迦の初陣までもてばよかったんだけど」
「うん…」
先代当主であった環は、娘の緋魅迦の初陣を待たずについ最近この世を去った。緋魅迦への指南を終えた後倒れ、
静かに一歳七ヶ月の生涯を閉じたのである。そうして、輝夜が十一代目当主となった。
「環姉さんが、父さんと交神するって言った時はさすがに驚いたけどな。俺、父さんと環姉さんの間柄って全然知
らなかったし。二人とも、そういうの全く表に出さなかっただろ」
「私も知らなかった。隼斗兄様は察しがいいから何となく気づいてたみたい。でもね、環姉様だったらいいかな、
とも思ったわ。姉様がいなかったら私は多分当主になれなかったし…そもそもあのまま初陣にいけなかったもの」
全くだ、と樹が苦笑した時、家の奥の方でとその末の妹と隼斗、イツ花の声が聞こえてきた。
危ねえだろ莫迦、隼斗兄様こそそんな大筒持って家の中うろつかないでよ、などと言い合っている。イツ花の声が、
まあまあとそれを宥めているようだった。兄妹は顔を見合わせ、くすくす笑う。
「ね、兄様。環姉様と父様は幽世でちゃんと出会えたのかな。父様は氏神になったけど、環姉様は氏神にはならな
かったでしょう」
「そりゃそうさ」
樹は妹の問いに、当たり前だろ、と言いたげに肩をすくませてみせた。
「もし仮に会えないようなことになってたとしても、父さんのことだから間違いなく自力でどうにかしてるよ」
「そうね」
小さく笑うと、十一代目当主、輝夜は長く編まれた髪を揺らし、緋魅迦たちが騒いでいる方へと歩き出す。
「それなら安心だわ。もし私が氏神になれなかったとしても、私も幽世で父様に会えるもの」
そう言って輝夜はその歩みを止め、いたずらっぽい笑みを浮かべて兄の方を振り返った。
「環姉様が独り占めするのは、ずるいんだから」
こいつ、と苦笑する樹を残し、輝夜は廊下を歩きながら良く通る声を張り上げた。
「みんな、用意はいい?そろそろ出立するわよ」
ぴんと冷たく張り詰めた冬の大気が、庭から見える空を更に蒼々と冴え渡らせている。丁度、環の髪の色に良く似
ていた。紅蓮の髪の緋魅迦は、それを見上げてにっこりと微笑んだ。
「母様、頑張ってきます…!」
――了――
<やたらと長いあとがき>
このお話は、飛炎と環が交神した時に「アッこの二人はひょっとして恋仲だったんじゃないか」ということで思い
ついたお話です。今まで氏神交神は何度かあったんですが、歳や世代が離れているケースばかりで、三ヶ月違いとい
う彼らの交神は、プレイヤーである私にそういう印象を植え付けるきっかけになりました。
それをもとに書き始めたのがこの『鎖』。製作時期は実にサイト開設前、二〇〇〇年秋ごろ〜二〇〇一年半ばくら
いにかけての頃の話で、俺屍二次創作としては勿論ほぼ初、同人作品としてもかなり初期のものです。それでもこの
長さ、若さゆえの親馬鹿エネルギーとは凄いものだと自分でもしみじみ思います。今じゃこんな長い話、多分書けま
せん(笑)。
同人サークルとしての『彩雲亭』の発行物はほとんどが漫画だったので、飛炎・環は今までずっとサイト方の『彩
雲亭』の中だけで存在していた子でした。しかし、うちの一族の中でも最古参で、思いいれもひとしおだったという
こともあり、二〇〇九年に俺屍発売十周年を迎えたことを機会にきちんとした形として残してあげたくなりました。
というわけで文庫化を思い立ったわけですが、それに伴ってあまり本腰入れて推敲しなおすこともなかったこのお話
を、初めて大真面目に最初から推敲しなおしてみたのです。
私の初期の俺屍二次創作はゲームデータにあまり忠実でない、イメージ先行の傾向がありました。まじめに一族史
と照らし合わせて考えるようになったのは多分二〇〇五年刊行の『風ノ絆』からで、それまではイメージにそぐわな
いからと言って火肌が水肌になっていたりと、かなり好き勝手なことをやっていました(滅)。
特にこの話は俺屍二次創作初期の初期ということもあり、今になって真面目に一族史と照らし合わせてみたところ、
あまりの自由さに頭を抱えたくなりました…一族史や家系図は完全無視で、「ゲームで登場した一族をもとに、おぼ
ろげなプレイ時の記憶のみで話を作った」という位置づけだったようで、たとえば家系図ひとつ見返してみるだけで
も、アレッあの子とこの子の親が同じだとか祖母が親神だとか、挙句この時期にはこの子まだ生きてるよとか、辻褄
が合わないところが色々と…。
俺屍一週目だった日下部家は、まだ俺屍を「こういう顔の一族が登場するゲーム」のままプレイしていたので、血
筋だとかそんなのはまるで考慮せず、ただ素質重視で氏神交神を繰り返していました。それが、飛炎と環の物語完結
をきっかけに、プレイ中に登場した一族に対して「この子はこういう性格でこんな人生を歩んだ」というような親馬
鹿設定がムクムクと頭をもたげてきたわけですが(※日下部家クリア後)、いざそうなってみると、あああもうちょ
っと考えて交神しろよ!と日下部家プレイ時の自分につっこみを入れたくなりました。家系図上では結構大変なこと
になっていました…。特にこの話に関しましては、家系図や一族の生没年は見ない方向でお願いします(汗笑)。
それと天女の小宮の本堂のシーン、ゲーム画面では明かりなんかないんですよね。あと意外と前と左右への通路の
入口が広い。書いた当時は、何故か明かりがあって、入口はもっと狭めなのかと思い込んでました。今見返すと、明
かりがないのも何だかムードがないので(ムードって)、ゲーム画面とは違うけどまあいいか、と開き直りました。
また、小説作品という意味でも初期の初期なため、あまりにも脳内補完部分が多すぎてその意味でも頭を抱えたく
なりました…それと、かなり感覚まかせで文章を書いていたので、色々用法が間違ってたりとか。こ、コレを何年間
もサイトにさらしていたのか私は…。穴があったら入りたいというか、穴に埋めたい気持ちになりました本当に。と
いうわけで何とか帳尻を合わせ…あ、いや、不自然さが極力なくなるようにと推敲して、結局大幅な加筆修正を余儀
なくされました。20000字増えた(ふえすぎ)
俺屍の二次創作小説では、最近のものでは当主だろうがなんであろうが、一族はみんな来訪した時つけられた名前
で表記しているんですが、初期のこの頃は当主を当主名である『紫苑』と表記するものだと大真面目に思いこんでい
ました。だからこのお話の後半で飛炎から環、さらに輝夜に当主が移り変わる時にアッみんな同じ名前じゃややこし
いじゃないか、と苦悩するハメになったわけですが(笑)、苦肉の策として終始一貫して『紫苑』と表記するのは飛
炎だけ、環と輝夜はそのままの名前で、ということにしました。今考えると、少年の頃から『紫苑』として振舞って
きた飛炎が、環と想いを交わすシーンで「俺の本当の名で呼んでくれ」と言う場面を生む結果となったので、これは
これでよかったかなと思いました。しかし、作ってかなり年数が経った今では、彼はすっかり私の中では『紫苑』で
はなく『飛炎』として定着していたので、推敲するにあたって見返したとき、終始『紫苑』の表記になっている彼に
逆に違和感を覚えました(笑)。
日下部家では、『交神』は儀式という解釈をしていて、日下部一族はそもそも『子孫を残すということに関する、
生理的な機能が全て失われている』としています。『人と交わり子孫を残すことが出来ない』という神様からのお告
げは、『人と交わることも、子を為すこともできない』という風にも取れるし、ただ『子を為すことだけができない』
とも取れるんですよね。でも、お互いに好きなのに結ばれることすらできない、という方がずっと切なくて悲しいん
じゃないかなと思いまして、日下部家では敢えて前者の方を選びました。…当時はそう思っていたんですが、十年近
く経った今になってみると、ちゃんと結ばせてあげるべきだったなあ、と後悔しています…歳のせいでしょうか。い
や確実に歳のせいだ、本当に若さゆえの(略)ってorz 飛炎と環は死んだ後会えたのかどうか。それは皆様が想像し
てみて下さい。
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