菜摘

御鏡家・当主の日記(七代目当主菜摘)
一〇二一年六月  今月は呉葉の初陣だった。雷幻兄様の娘なんだけど、ハキハキした子で私によく懐いてくれて、妹みたいに可愛い の。だけどね…すっごく胸が大きいのよ…。びっくりよ。2ヶ月よ?だって。来た時は普通の子供だったのに、あれよ あれよと大きくなっちゃって。言っちゃうけど今の私よりも大きいわ…(苦笑)。でも、体は十分すぎるほどに大人 だけど中身はまだ子供だから、あんた胸元には気をつけなさいよって念を押しといた。装束がね、初陣の子供の寸法 だから胸元がきついみたいなのよ。だから多少胸元が開いてても全然気にしないんだもの、雅兄様や遮那兄様が困る じゃない(苦笑)。雷幻兄様はといえば、でかいのは何にしろいいことだよなぁ!なんてがははははって笑ってたけ ど、兄様がそうだからこの子も大雑把なのよ、もう。来月からサラシを巻かせることにするわ。 一〇二二年十二月  雅兄様の子供の沙羅が来るのと入れ替わるようにして、雷幻兄様が逝った。兄様って、黙ってれば超二枚目なのに すごい食いしん坊なの。その上、ええかっこしいのくせにいつも決まらない人なのよね。最期も、かっこいいこと言 おうと思っていろいろ考えてたみたいなんだけど、結局どうするか決めないうちにお迎えが来ちゃったんだね。カッ コイイ死に方なんてあたしたちに聞かれたって、ねえ?  一族の者が死ぬとみんなやっぱり泣くけれど、雷幻兄様の時だけはみんな苦笑してた。イツ花も、「ご立派な最期 でございました…」なんて言えなかったみたい。呉葉も「しょうがないねオヤジも」なんて苦笑いしてた。 一〇二三年二月  遮那兄様に交神することを勧めた。兄様も妙齢になったことだし。でもね、兄様は頭脳明晰、容姿端麗な人だから、 あたしや呉葉は勿論、まだ来たてで初陣もこれからっていう沙羅でさえ、兄様の交神のお相手は誰か気になってたの。 遮那兄様は、あたしたちにとってはいわゆる憧れの君ってこと。でも沙羅は随分おませさんね(笑)。  んで、呉葉が「姉さん当主なんだからちょっと聞いてみてよ」って言うしあたしも気になって仕方なかったから、 兄様に聞いてみたのよ。お相手誰がいい?って。そしたらね。 「葦切四夜子様」  ……部屋の中が凍ったわ。兄様って、繰り返して言うけど容姿端麗、頭脳明晰で、鬼と戦う時はあたしや呉葉なん かがが先陣切ってわーわーやってる中、後ろからみんなの援護を的確にしてくれる、すっごく頼りになる人なの。都 の人からすれば色合いはだいぶ奇抜なはずなのに、都の姫様方からたくさん文をもらっちゃうくらいにいい男なのよ。 その兄様が、葦切四夜子様をご指名よ?!  ええと、兄様って…ロ●?? …ううん、きっと思慮深い兄様のことだから、遺伝情報その他を考慮して最良の お相手と考えたんだわ。そうよきっと。すごく複雑な気分で兄様のこと送り出したわ…。 一〇二三年三月  春の選抜選考会があった。この時は遮那兄様とあたし、呉葉、沙羅っていう顔ぶれだったんだけどね。もう観客が うるさくて閉口したわ。だって、遮那兄様はあの顔でお尻の形もかっこいいし、呉葉の胸の大きさもああでしょ?男 連中は薙刀ふるうたびにゆさゆさする呉葉の巨乳に釘付けだし、姫様方は遮那兄さんが弓絞るたびにキャーキャー言 うし。  遮那兄様は慣れたものみたいで涼しい顔してたけど、呉葉はもっとサラシ巻いとけばよかった、って憮然としてた。 沙羅は「でっかいのも苦労するのね、あたし要らないわ」って言ってたけど、あんたまだ3ヶ月でしょ(笑)。なんか あたしたちの代ではこの子が一番おませさんな気がするわ。 一〇二三年四月  遮那兄様と葦切四夜子様の子供がやってきた。柔らかそうな金の髪の、可愛い女の子。美桜って素敵な名前をつけ てもらったんだけど、顔もちっちゃいし、足が滅茶苦茶長くて綺麗なの。技の土が強かったから、兄様の後継いで弓 使いになるんだって。勿体無いな。拳法家の衣装なんか似合いそうなのに。  でも、美桜は姦しいあたしたちと比べて随分とおっとりさんで、体もあまり丈夫じゃないみたい。遮那兄様は、弓 取りとして筋はいいって言ってたから、弓使いが適職なのかもね。美桜はいつもおっとりにこにこしてるから、あた しも呉葉も沙羅も、ついついあれこれ世話を焼いちゃう。ほっとけないっていうか、あたしたちの代はみんな女の子 ばっかりだったから、美桜は末の妹みたいなもんなの。 一〇二三年五月  今月はあたしが交神した。火の力が欲しかったんで、タタラ陣内様にしようかな、ってイツ花に言ったら、難しい 顔して「タタラ陣内様は…ちょっと、やめた方が」とかごにょごにょ言うわけ。何で?って聞いたらね、陣内様って 方は天界でも有名な気の荒い神様で、しかも鍛冶をされる職人さんでもあるからちょっと気難しいとこもあるんだっ て。別にいいわよ、気難しい方だってこっちが折り目正しくお願いします、ってお願いしたら、きっと応じてくれる んじゃない?  イツ花はそれでも心配そうにしていたけど、いざお会いしてご挨拶したら、いきなり「惚れた!!」って叫んであ たしのことぎゅーって抱きしめるもんだから、息が詰まるかと思ったわ(笑)。あたしの何がどう惚れちゃったのか はちっとも分からないけど、女としてはやっぱりそういう風に惚れられるのって、悪くないわよね。  交神は確かに儀式なんだけど、あたしたち、いわゆる閨を云々ってのもできないわけじゃないのよ。神様としても、 相手さえよければそのくらいの役得はほしい、ってことらしくて(笑)、望めばそういうことする場所にも連れてっ てもらえるわけ。陣内様は、惚れた!是非俺の嫁になってくれ!ってそれはもうほんとに熱心にあたしに頼むし、そ れが心の底から言ってるのもよく分かったから、あたしもじゃあいいかな、なんて気になっちゃってね(笑)。  だって子供を授けてくださる方なんだから、外の人だったら当たり前のことなわけでしょ?折角だから、あたしだ って人並みの思いしときたいもの。呉葉や沙羅は「えー、菜摘姉さんって案外無骨な男が好みだったのね!」なんて 驚いてたけど、あたしはこの方が旦那様でよかった、って思うわ。  遮那兄様?あの方はあくまでも憧れの君だからね、実際好きになる殿方なんて案外こんな感じなのかもよ(笑)。 一〇二三年七月  あたしと陣内様の子がやって来た。金色の髪も赤い目もあたしとは違うけど、きりりとした顔の男の子!あたした ちの代ってみんな女の子だったから、年下の男の子でしかもそれがあたしの子供、っていうのがなんだか不思議だっ た。名前は刃。イツ花によれば、陣内様ったらそれはもう刃にもメロメロらしくて、天界じゃちょっとした話題にな ったらしいわ。あの無骨で粗野な男神がどうしたことだ、って。なんだか想像がつくような、つかないような(笑)。  刃は、あたしに似て技の水が強いみたいなの。ちょうど直前に、相翼院で岩清水ノ槌が手に入ったから、壊し屋に しちゃおうかっていう考えが頭をよぎったんだけど…壊し屋男の装束ってあれよね…。さすがにマワシはちょっとね え。他になんかないの?イツ花。技の風も強かったから、槍使いになることになったわ。笹の葉丸装備したら強いか な、って思って。  刃が来たのと入れ替わるようにして、遮那兄さんが死んだ。最期にね、兄さん爆弾発言したのよ。 「実は俺…好きな女がいたんだ…別におかしくは…ないだろ?」  お、おかしくはないけど…だ、だ、だ、誰?!相手は誰なの?!まさか、やっぱり葦切四夜子様?!みんなその台 詞に激しく動揺したわ…。  これで家の中の男は刃だけになっちゃった。女ばっかりっていう環境はどうなのかしら…とか思ってたんだけど、 ちょっと呉葉!暑いからって生絹でうろうろしないで!あんたはただでさえ刺激的な体格なんだから!(笑) 一〇二三年十一月  今月は、討伐隊長を呉葉に任せて家で留守番。イツ花とお茶なんかしながら、のんびりすごしてた。こういうのも いいよね。みんなが帰ってきたから出迎えにいったんだけど、刃がすごく凹んだ顔してたの。どうしたの?って聞い たらね。  虚空坊岩鼻様を解放することを目標に、大江山朱雀大路の一番奥に入ったんだって。ちょうど熱狂の赤い灯が燃え てたから、みんなすごく張り切ってて、しかもどうやら相手の祟鳴鳥大将が朱の首輪はもとより、巻物とか壺とか色 んなお宝持ってそうだったみたい。よしもらった!と思ったら、若造の刃が先走ってそいつを突っついちゃって、お 宝ぜーんぶ持ち逃げされちゃった。それで呉葉と沙羅に散々小突かれたんだって(美桜は止めてくれたみたいなんだ けど、効果なかったみたい)。結局、目標だった岩鼻様は解放できたようだけど、刃はちょっとしょんぼりしてたわ。 呉葉たちはもう全然気にしてないんだけどね。口は悪いけど根はいい子たちだから、あんまり気にするんじゃないわ よ。男一人で心細いかもしんないけど。  さて、そろそろ私も次の当主を決めないといけないな。誰にしよう?沙羅はあれで結構しっかり者だから、あの子 にお願いしようかな。  
 
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